ポディマハッタヤさん、逝去のご報告

2018年にポディマハッタヤさんを訪問した難波八郎と申します。

この度、新型コロナウィルス感染症のため、2021年9月3日にポディマハッタヤさんがご逝去されました。
ポディマハッタヤさんのご家族からご報告頂きました。
ご家族の方から「日本の方たちにも訃報をお伝えしてくれれば」とメッセージを頂いたので、ここでご報告させて頂きます。

ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。

訃報を受けた際に、ポディマハッタヤさんのご家族から頂いたお写真を掲載いたします。

 

 

ポディマハッタヤさんとの思い出

 

以下、勝手ながら、僕(難波八郎)のポディマハッタヤさんとの思い出を書かせて頂きます。

僕は、2018年に世界一周1人旅にチャレンジしている途中で、スリランカのポディマハッタヤさんを訪問しました。

友達の「スリランカ行くならポディマハッタヤさんに会ってこいよ」という冗談がきっかけでした。

当時のブログ記事(【最終回】ポディマハッタヤさん捜索 )に会いに行ったときの記録が残っています。
外国人が1人で人探しなんて、普通に考えれば常識外れもいいところですね。
なのに、スリランカの人達には、たくさん助けてもらえました。
温かかったです。

実際に会えた時はうれしかった。
出迎えくれてたポディマハッタヤさんの笑顔が印象的です。

ポディマハッタヤさんは「一本の鉛筆の向こうに」という作品の中で、取り上げられた登場人物です。
本の中の写真でしか顔を見たことがありません。どんな人かわかりません。

待ち合わせ場所に行く直前は、正直、不安でした。
そんな不安をよそにポディマハッタヤさんはとびきりの笑顔で迎えてくれました。
当時71歳で、英語が全くできないポディマハッタヤさんでしたが、僕とコミュニケーションを取ろうと頑張ってくれていました。
常にニコニコしながら何か語り掛けてくれました。
何を言っているかわかりませんが、自然とこちらも笑顔になりました。
これでもかとスリランカのお茶とお菓子を薦めてくれました。
ご家族の写真もたくさん見せてくれました。
ご家族とのやり取りを見ていても、愛されているのが伝わってきました。
普通に、優しいおじいさんでした。

 

「一本の鉛筆の向こうに」は、平成4~13年代の国語の教科書(光村図書出版)で小学校4年生が扱う題材として取り上げられた作品のようです。

光村図書さんのホームページには「一本の鉛筆の向こうに」の紹介ページがあり、こんなことが書かれています。

ある年の我が社の入社試験の面接で「子どものころの教科書で覚えている作品はある?」と質問したところ,「ポディマハッタヤさんが出てくる話です」と答えた学生がいました。「一本の鉛筆の向こうに」です。あんな長い名前がよくすらすらと出てくるなと感心していると,「ポディマハッタヤさんは,スリランカのボガラ鉱山で働いていて,食事は朝も夜もカレーでしたよね」と涼しい顔で答えます。

いやあ,子どもってすごい。教科書ってすごいんだな。心からそう思ったものです。

ちなみに,入社試験を受けたその学生は,今,編集部にいて,新しい時代の子どもたちに向けた作品を一生懸命探す仕事に就いています。

一本の鉛筆の向こうに | 教科書 time travel | 教科書クロニクル | 光村図書出版 (mitsumura-tosho.co.jp)

やっぱり皆さん、ポディマハッタヤさんをなんか覚えちゃうんですよね。
僕もボガラ鉱山までセットで覚えてましたね。笑

名前の響きがおもしろいから覚えちゃうんですかね?
黒鉛を砕く写真のインパクトが強いからですかね?
朝も夜もカレーだからかもしれませんね。

なんにせよ「ポディマハッタヤさん」と聞くと、小学生の思い出がなんとなく甦ってくるのは確かです。

僕の場合は、教室の雰囲気や、給食の牛乳瓶、ナプキン、ナップザック、習字道具、漢字ドリルなどなど思い出されます。
ん~、担任の先生の名前は出てきません。
当時、遊んでいた友達は思い出せます。今はみんな何してるんでしょうね。

懐かしいです。

思い出補正もあるかもしれませんが、昔は良かったなあ、と思う年齢になってしまいました。
小学生の子供いてもおかしくない年齢になりました。
日々の忙しさから、昔のことはずいぶん忘れてしまっています。

この機会に、一度ゆっくりと自分の小学生の思い出に浸ってみてはいかがでしょうか。

「ポディマハッタヤさんに会いに行ってやる!!!」
個人的には、そんな気持ちを、いつまでも持っていられる大人でありたいなあと思います。

陽気なスリランカ人のおじいさんに、もう一度会いたかったです。
ポディマハッタヤさんに感謝です。

追記

もし追悼のお言葉をご家族に向けて発信してくださる方がいらっしゃしましたら、ポディマハッタヤさんの次男のワサンタさんが運営しているFaceBookアカウントがあるのでそちらからコメントして頂ければと思います。

WA Podimahaththaya | Facebook

ワサンタさんはこのブログもチェックしてくれてますので、ここにコメントを頂ければ、ワサンタさんに見てもらえるはずです。日本語でコメント頂いても、AI翻訳を使って見て頂けます。

以上、ご報告でした。

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コメント

  1. yaamy より:

    Twitterでご逝去の報を知りました。ポディマハッタヤさんの勤勉に感銘を受けた日本の子供は多く、私もそのうちの一人です。ご冥福を心よりお祈りいたします。

    • Wasantha より:

      thank you so much for thinking of my father and my family in during this difficult time .My father may bless you good future.please add his FB for see updates.

  2. ミツキ より:

    名前では思い出せなかったけど、写真を見て思い出せた「鉛筆の芯の人」
    新型コロナかぁ……悔しいです。

  3. いずさや より:

    教科書でポディマハッタヤさんのお仕事について学ばせて頂いた者です。つい最近、兄弟と「ポディマハッタヤさんってまだご存命なのかな」と話していたところでした。
    同世代の日本人は皆んなポディマハッタヤさんのお名前と共に鉛筆の作り方を学んだのではないでしょうか。ポディマハッタヤさんは、日本で最も有名なスリランカ人の一人だと思います。
    絵を描くことと文章を書くことが大好きな自分にとって、鉛筆は生活で一番大事な道具の一つで、それがどんな人の手を経て手元にあるのかという学びは、本当に印象深いものでした。
    Twitterで記事を拝見して、貴重な体験とポディマハッタヤさんのお人柄について知ることができました。
    ポディマハッタヤさんとご家族に、日本から深い感謝と哀悼の意を捧げます。日本の子供たちに大切なお仕事について学ばせてくださり、ありがとうございました。

  4. aoki より:

    ポディマハッタヤさんとても懐かしいです。お会いしたことはないですが、非常に寂しい気持ちです。
    私は今年33歳ですが、高校に入学してポディマハッタヤさんが共通の話題になり友達ができたことを覚えています。
    私も含め、多くの子どもたちの思い出にいつまでも残っています。

    • とっちー より:

      教科書でポディマハッタヤさんのお話を読んでから、もっと物を大事にしようと思うようになりました。
      一本の鉛筆が作られるのも、たくさんの人の力と時間がかかっていると学びました。
      素敵な学びをありがとうございました。
      ご冥福を心よりお祈りいたします。

      • 横川沈細 より:

        日本で最も有名なスリランカ人であられるポディマハッタヤさんが、コロナ禍において亡くなられてしまうとは…年少時にその勤勉さに触れ感銘を受けた身としては思うところ無くは居られませんでした。
        誠にお悔やみ申し上げます。

  5. ワラウッシ より:

    使用している鉛筆に使う 黒鉛を掘っている姿は 
    小学生でも 凄い悪い環境の中で作業されているなぁと 思って
    その姿は 今でもうっすら思い浮かびます。 

    黒鉛を掘るような仕事なので
    肺が弱ってしまって コロナウィルスで亡くなってしまったのかもしれませんね。

    小学生の時だとあまりピンと来てなかったですけど
    真っ黒になって鉛筆の原料を掘ってくれたその姿は 労働とは何かというのは 今見ると また全然違った印象になると思いますし、 大事にモノを使ってしっかり勉強しないといけないなぁって思ったり するんじゃないかと思いますね。

    ご冥福をお祈りいたします。

  6. hukakimono より:

    ポディマハッタヤさんの御冥福をお祈りします
    私も「一本の鉛筆の向こうに」を教科書で読んだことがあります
    ポディマハッタヤさんの逞しい肉体やその在り方に格好いいなという思いを抱いた記憶があります

    その人生のあり方は、私という人間を作る一助になってくださってたと思います
    もし機会があれば公演でもしてくれたらな、と思っていましたが、このような形になり残念に思います

    しかしながら、人生を全うしたことにまずは敬意を
    そしてその魂が安らかでありますように

    あなたを尊敬しておりました
    そうご家族にお伝えいただければ幸いです

  7. tk より:

    お亡くなりになったということで大変驚きました。非常に残念です。
    私が小学生の頃に使っていた教科書でポディマハッタヤさんのことがとり上げられていて、自分が鉛筆を使えているのはポディマハッタヤさんのおかげなのだと童心ながら感謝をしていました。
    ここで改めてその感謝の気持ちを表したいと思います。
    ご冥福をお祈りいたします。

  8. アヤ より:

    Twitterから来ました。
    ポディマハッタヤさん。私の中で一番身近な、スリランカの方です。
    こちらのブログを以前拝読しまして、ご高齢ながらお元気な様子を伺えて、とても嬉しかったです。
    もしかしたら、またなんらかの形でお元気な姿を拝見できるかなと思っていたのですが、とても残念です。
    一本の鉛筆の向こうに、いつもポディマハッタヤさんを想います。ご冥福をお祈り申し上げます。

  9. イオリ より:

    小学校の国語の時間にポディマハッタヤさんのお名前とお仕事を学んだ者です。
    絵を描きはじめた中学生くらいの頃、鉛筆を握った際に時折「今でもお元気なのだろうか」とぼんやり考えることがありました。シャープペンがメインになってからもお名前を時々思い出しては懐かしさを感じておりました。
    Twitterで訃報を知り、ただたださびしいばかりです。
    あの頃あの物語に触れた一人として、心からお悔やみ申し上げます。R.I.P.

  10. Sho より:

    あまり記憶力は良くない方なのですが、未だにポディマハッタヤさんのことは覚えています。すごく印象に残っています。
    このお話で初めてスリランカのことを知りましたし興味を持ちました。
    ご冥福をお祈りします。
    新型コロナで、とうかがいました。
    ご家族の皆さん、どうかご無事で過ごせますように。

    難波様、コメント欄を提供くださりありがとうございました。

  11. sana より:

    ポディマハッタヤさんを教科書で知って20年は経ちました。訃報を耳にして、悲しい気持ちでいっぱいです。私と同世代の日本人たちが、Twitterで哀悼の意を表したツイートをたくさんしています。現時点で5583件ほどのツイートがあり、これからもっと増えるでしょう。皆が驚きと悲しみを感じているようです。ご冥福をお祈りします。

  12. T.T より:

    小学生の時に私のクラスでは
    「黒鉛を砕け~ポディマ!!」
    というオリジナルの歌が流行りました。
    それほどポディマハッタヤさんの
    働く姿やエピソードがかっこよく思えたのです。
    鉛筆の芯に使われている黒鉛から
    世界のつながりを小学生ながらに感じました。
    一方的にポディマハッタヤさんを
    知ってるだけなのに悲しい気持ちでいっぱいです。
    ポディマハッタヤさんの
    魂の安らかなことをお祈りいたします。

  13. 善zen より:

    Twitterにて伺いました。
    日本の地より、心からお悔やみ申し上げます。

  14. shiori より:

    小学生の頃、今から20年前に教科書でポディマハッタヤさんのお話を読みました。聞き慣れない名前の外国人と、自分の手にある鉛筆がつながる不思議さに、世界の広がりを感じたものです。訃報を聞き悲しい気持ちですが、同時に幼い私に異国への興味を抱かせてくれたポディマハッタヤさんに感謝する気持ちもあります。ご家族の幸せを祈っています。

  15. いがどん より:

    普段はスマホやシャーペンにボールペン
    でも鉛筆を持って芯先を見て思い出す名前
    それがポディマハッタヤさんでした。
    以前のブログも拝見した際に、教科書の中の人じゃなくてほんとに
    今も生きてらっしゃる方なんだ!ととても驚いた覚えがあります。

    次に名前を見たのがこのような形になってしまったのは残念でなりません。
    心よりご冥福をお祈りいたします。

  16. ふとてつ より:

    お名前をトレンドで見かけて嬉しくなりましたが…とても寂しいです…。

    心よりお悔やみ申し上げます。

  17. Legato より:

    聞き覚えのあるお名前だと思ったら教科書の黒鉛を掘る画像を見て記憶が蘇りました。自分が使う道具がどこから来てどうやって作られるのか。そういったことを教えてくれたのは「一本の鉛筆の向こうに」で黒鉛を掘っていらしたポディマハッタヤさんでした。そうして作られた鉛筆のおかげで、十分な教育を受けることが出来ました。心からご冥福をお祈りいたします。

  18. サトシ より:

    小学生の頃、いま手に持っている鉛筆の芯はとても遠いところからポディマハッタヤさんが削り出したものなのか。と思ったことを思い出しました。世界は広く、そして繋がっていることが感じられました。
    それから成長するにつれて、鉛筆やシャープペンシルで勉強し、絵を描き、図面を引きました。
    私が成長する側には、いつもポディマハッタヤさんがいらっしゃいました。ありがとうございます。
    この度は訃報を知り、心からお悔やみを申し上げます。

  19. yuri より:

    twitterを拝見して、訃報を知りました。
    心よりご冥福をお祈りいたします。
    ポディマハッタヤさんのお話を教科書で教わったのはもう20年も前なのに、大人になった今も、時々ふと思い出します。
    身の回りの小さなものも大切にしようと、思わせてくれた素敵なお話です。
    それだけに、とても悔やましいです。

  20. タクマ より:

    日本のたくさんの人が貴方を知っています。
    そしてたくさんの人が、感謝をしています。
    鉛筆は「知の道具」。
    人間が知識を授かるために使う、原初の道具です。
    それは地面からは生えてこない。
    誰かが作ってくれている。
    それを教えてくれる本に出会い、貴方を知りました。
    貴方のしていた仕事は、ひとつの国と、ご家族を支える偉大な功績を遺しました。
    ありがとうございました。
    できれば、感謝を鉛筆で書きたかったですが、この感謝がご家族とご本人に届きますように。

  21. Lc より:

    I’d like to express my deepest sympathy.
    His name sounded peculiar to the Japanese people and was very impressive.
    We thought of foreign countries for the first time through the story about him.
    May his soul rest in peace.

  22. ちくわ より:

    30代日本人です。
    教科書であなたの事を読み、自分が知らないだけで様々な仕事があるのだと幼いながらに学びました。
    あなたが掘った黒鉛は、私達の生活の糧となっています。
    あの日学んだ、鉛筆一つ取っても様々な人の努力と頑張りがあってなりたっているのだということを、今は子供に伝えています。
    ありがとうございました。
    ご冥福をお祈りします。

  23. NAOKI より:

    小学校の教科書で拝見して十数年経ちましたがいまだに黒鉛を採掘するのがいかに大変か印象に残っています。
    鉛筆を不自由なく使えるのに感謝です。

    ご冥福をお祈り申し上げます。

  24. アラタニ より:

    日本で著名なスリランカ人の一人であるポディマハッタヤさんをこのような形で喪うことになるとは…悔しさでいっぱいです。
    心からお悔やみ申し上げます。
    これからも鉛筆を見るたび彼の事を思い出すでしょう。

    • ゆか より:

      小学生の頃教科書で読んでから、時々ふとポディマハッタヤさんのことを思い出していました。
      私がいま触れる物には、必ず誰かが関わっていて、同じ空の下、みんな繋がっている。
      そんなことを教えてくれた、最初の人でした。
      会ったこともないのに何故か身近で、名前も何度も口にして、いつの間にか大切な存在になっていました。

      コロナで旅立たれたのは大変残念です。
      どうぞ安らかにお眠り下さい。

  25. ハル より:

    その教科書を使っていた世代の1人です。まるで近しい身内を亡くしたような喪失感です。どうか安らかに。

  26. 宮本 より:

    小学生の頃の教科書に掲載されている作品の中でも特に強く記憶に残っているのがこの作品でした。スリランカ=鉛筆の芯というのは大人になった今でもしっかりと覚えています。名前だけ聞いた時はどなたかわからなかったですが、教科書のあのページ、あの写真を見た瞬間に「あ、知ってる人だ!」と子供の頃のように反応してしまいました。20年以上ぶりの再会が訃報とはとても悲しいです。ご冥福をお祈りします。
    子供の頃の私たちに鉛筆を、黒鉛を、ありがとう。

  27. マフティー より:

    අපිත් ශ්‍රේෂ්ඨ පියවරු වෙමු

    RIP පොඩි මහත්තයා

  28. 宮路源内 より:

    ご冥福をお祈りします。

  29. 今でもシャープペンシルを握る日本人 より:

    今握っている文房具にもたくさんの人の手がかかっていることを教えてくれた「一本の鉛筆の向こうに」の中でも体を張って黒鉛を掘っていたポディマハッタヤさん。

    国語の教科書の話題になると必ずといっていいほど挙がるお名前。

    教科書に載っていたころから家族がたくさんいらっしゃって、子供さん、お孫さんたちに慕われていたんだろうな、って思える「こんな老後でいたい」とおもう笑顔とお体。
    新型コロナで、とのことでとても残念ですが、大切なことを教えてくれたポディマハッタヤさんに今ありがとうございました、と頭を下げさせていただきます。
    R.I.P

  30. シャープペンシルを握る日本人 より:

    今握っている文房具にもたくさんの人の手がかかっていることを教えてくれた「一本の鉛筆の向こうに」の中でも体を張って黒鉛を掘っていたポディマハッタヤさん。

    国語の教科書の話題になると必ずといっていいほど挙がるお名前。

    教科書に載っていたころから家族がたくさんいらっしゃって、子供さん、お孫さんたちに慕われていたんだろうな、って思える「こんな老後でいたい」とおもう笑顔とお体。
    新型コロナで、とのことでとても残念ですが、大切なことを教えてくれたポディマハッタヤさんに今ありがとうございました、と頭を下げさせていただきます。
    R.I.P

  31. 30歳男より より:

    RIP

  32. おゆのみ より:

    මාගේ බලවත් කණගාටුව.

    Google翻訳ですが、伝われば幸いです。
    පොඩි මහත්තයා さん。。

  33. すずき より:

    ポディマハッタヤさん、20年以上前に知った名前ですが、それから一度も忘れたことはありません
    それほどまでに印象的で、親しみやすい名前でした
    以前このブログでポディマハッタヤさんの元気な姿を見たときは、本当に存在したんだと驚くとともに、さらなる親近感が湧いていました

    それだけに亡くなられたのは残念でなりません
    しかしながら、私はポディマハッタヤさんの元気な時のお姿や功績、そしてお名前はこれからも一生忘れないでしょう
    日本とスリランカの友好の架け橋となって下さりありがとうございました

    ご冥福をお祈り申し上げます

  34. ヤス より:

    小学生の教科書の中でも特に記憶にある「一本の鉛筆の向こうに」。
    特にポディマハッタヤさんをはじめとした色々な方々自分たちが勉強で使ってる鉛筆はどれだけの人の協力があって作られたものなのかという内容もあって覚えております。

    Twitterにてコロナで亡くなられたと聞きお悔やみ申し上げます。

  35. デオ より:

    教科書でポディマハッタヤさんのお仕事を知り、身近な鉛筆も遠い国の方の働きで手元にあるのかと気付きました。
    心よりご冥福をお祈りいたします。

  36. 雨と泪 より:

    まさかあのポディマハッタヤさんまで新型コロナに奪われるなんて…
    鉱山で一生懸命働く彼の姿に、日々頑張って家族を養ってくれている父の姿を重ねていた日本の子どもも多かったと思います。

    延長キャップに入らなくなるまで、どうしても鉛筆だけは捨てられないという日本人が多いのは間違いなくポディマハッタヤさんの影響です。
    これからも、鉛筆の黒鉛を見る度にポディマハッタヤさんを思い出すでしょう。
    ご冥福をお祈り致します…

  37. こうすけ より:

    ネットでこの記事を見かけました。中学以降学生時代はずっとシャーペンでしたが、就職して仕事で鉛筆を使うようになり、鉛筆を削っているときなどにふと思い出すのがポディマハッタヤさんの名前でした。
    決してポディマハッタヤさんだけが黒鉛を掘り出しているわけではないのですが、スリランカを代表して日本人の記憶に残っていらっしゃる方で、一方的ですが勝手に親近感を抱いておりました。
    まさかこのような形で30年ぶりにお名前を拝見することになるとは思いもよりませんでした。非常に悔しい気持ちで胸が苦しいです。

    パソコン社会になっても鉛筆はこれからもずっと世界で使われ続けていく便利な道具です。家を建てるのも車も作るのも、すべては紙と鉛筆から始まります。
    ポディマハッタヤさんの魂も鉛筆とともに永遠に世界にあり続けると思います。

    どうか安らかにお眠りください。ありがとうございました。

  38. おのっち より:

    今の30代くらいの日本人にとっては一番有名なスリランカ人の方なのではないでしょうか…
    ご冥福をお祈りいたします。

    R.I.P

  39. より:

    今年30歳になりましたが、今でもマハッタヤさんの話を覚えています。
    これからもずっと覚えています。
    ご冥福をお祈りします
    日本から愛を込めて

  40. 八幡 より:

    I’m Japanese. Sentences of Japanese which touched around a schoolchild are also left for the memory now. Beautiful learning as Japanese could be mastered happily thanks to you. I’ll wish for rest in peace.

  41. 敷島_金鵄 より:

    小学生の時に、教科書でポディマハッタヤさんの事を勉強しながら知りました

    去年ぐらいにネットでご存命のことをしり、驚きながらその内容を読んでました
    コロナによってお亡くなりになられましたのは大変残念です…

    謹んで、ポディマハッタヤさんのご冥福をお祈り申し上げます

  42. ユキチ より:

    お名前を拝見してすぐに鉛筆の!と何年、何十年経ってもすぐに思い出される方でした。
    豆のカレーと黒鉛が柔らかいことはずっと記憶に残っています。
    ご冥福をお祈りするとともにご家族の皆様のご健康をお祈りいたします。

  43. はにゅう より:

    小学生の頃教科書で見て、名前と共に過酷な環境で働いているポディマパッタヤさんのような方のお仕事の上に鉛筆で字を書く事が出来るのだと関心していました。
    大人になっても時々思い出す名前でした。これからも忘れる事はないでしょう。
    コロナで苦しい最期だったと察します。
    安らかにお眠りください。

  44. しおだきよし より:

    ツイッターにて訃報のお知らせを目にしました
    つい先日ポディマハッタヤさん捜索の記事を読了したので驚きを隠せません
    この場を借りてお悔やみ申し上げます
    ポディマハッタヤさんの魂がどうか安らかなものでありますように

  45. 詩織 より:

    ありがとうございました。
    どうか、安らかに。

  46. kn より:

    小学校の頃に、教科書でポディマハッタヤさんのお仕事ぶりと暮らしを学んだ者です。当時、学校内では、そのインパクトのあるお名前でスターのような存在でしたよ。
    私もずいぶん大人になりましたが、Twitterで訃報を聞いた時、驚きとともに強烈な哀愁が込み上げてきました。
    コロナでお亡くなりになったとのこと、とても残念です。ポディマハッタヤさんのご冥福をお祈りします。
    日本より。ポディマハッタヤさんと、そのご家族へ。

  47. おかだ より:

    教員です。
    毎年、授業でポディマハッタヤさんと「一本の鉛筆の向こうに」の話をします。

    「自分たちの知らないところで世界は繋がっているんだよ」

    僕にそれを教えてくれた心優しいスリランカ人のお話しと一緒に、これからも毎年伝えていきたいです。

    ご冥福をお祈りします。

  48. たまご より:

    心よりご冥福をお祈りします。
    ポディマハッタヤさんのこと、きっと一生忘れることはないと思います。
    ありがとうございました。

  49. fj より:

    小学生の頃、ポディマハッタヤさんのお仕事から、1つの物が作られるまでにどれだけ多くの人の力が必要なのか学ばせていただきました。それから今まで物を大切に使うようになりましたし、使うものが鉛筆からシャープペンシルに変わってもポディマハッタヤさんのことを思い出すことがありました。

    小学生の頃の事を話す時には必ずお名前があがるほど、ポディマハッタヤさんの人生は皆の記憶に残っていますし、大切なことを教えていただいた事、ずっと忘れません。

    いつか私に子供が出来ても「1本の鉛筆の向こうに」を教えてポディマハッタヤさんから教えて貰ったことを引き継いでいきたいです。

    この度は、本当に悲しく残念です。謹んでお悔やみ申し上げます。日本より愛をこめて。

  50. パーフェクトぺんしる より:

    社会人の今でも鉛筆を使っておりますが、ポディマハッタヤさんの印象が強く、たまに話題にします。ご冥福をお祈りします。

  51. na より:

    実際には会ったことはないけれど、教科書を通して私たちはポディマハッタヤさんと出会うことができました。
    教科書では真剣なお顔の写真でしたが、ブログでは笑顔の写真も見ることができて、さらに親近感を持っていました。
    私たちの心にポディマハッタヤさんが存在していることをお伝えしたいです。
    ご冥福をお祈りいたします。

  52. ユリイカ より:

    今日、偶然にも甥が鉛筆を使っているのを見てあなたのことを思い出していたところでした。
    心よりご冥福をお祈りいたします。思い出をありがとう

  53. […] ポディマハッタヤさん、逝去のご報告 | 投稿日 2021年9月18日 19:50:51&nbsp(最新情報) […]

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  55. pioneet より:

    30年前に授業で拝見して以来ですが、ポディマハッタヤさんのお名前を見た瞬間、黒鉛を削り出すあの姿が鮮明に蘇ってきました。
    ポディマハッタヤさんはこれからも僕の中で、当時国語で習った人達の中で生き続けることでしょう。

    ご冥福をお祈りします。

  56. 国語好き より:

    大人になった今でも、鉛筆を使うと「ポディマハッタヤさんは元気かしら」とふと思うことがあります。
    そんな時に見つけたのがこのブログの記事でした。現在のポディマハッタヤさんがご家族に愛されて幸せに過ごされていることを知り、長年連絡をとっていなかった友人の消息が知れたような、安堵と喜びを感じました。
    それから数ヶ月、まさか新型コロナの犠牲者になられるとは想像もしておらず、悲しみと悔しさで一杯です。
    あの教科書で学んだ子供たちに、一つの物に沢山の人々の想いが宿ることを教えてくれたのは間違いなくポディマハッタヤさんでした。ありがとうございます。
    ご冥福をお祈りいたします。

  57. ハラケン より:

    Twitterにて訃報に接し、哀悼の意を表します。
    国語の教科書で黒鉛を採取しご家族と仲良く暮らすポディマハッタヤさん、
    今でもその「1本の鉛筆の向こうに」での姿を覚えています。
    我々当時の子供達に夢を与えてくださり、本当にありがとうございました。
    安らかにお眠りください。
    謹んでご冥福をお祈り致します。

  58. なあ より:

    私は大人になっても時々、ポディマハッタヤさんのことを思い出しました。ポディマハッタヤさんが大好きです。ずっと忘れません。
    安らかにお眠りください。

  59. ななやま より:

    私は大人になっても時々、ポディマハッタヤさんのことを思い出しました。ポディマハッタヤさんが大好きです。ずっと忘れません。
    安らかにお眠りください。

  60. 写真で…… より:

    Twitterで訃報を知りました……。

    情けないことに、カレーが大好きだったことやお名前も忘れてしまっていました……。

    ですが、写真を見た瞬間に鉛筆の方だ!!と思い出し、連鎖的に家族が多く、かなり暑い中頑張ってたんだよなぁ……とハッとしました。

    御冥福を祈ります。

  61. a pencil より:

    When I was a kid, I saw you in a textbook and learned about the diversity of people around the world. We pray for the souls.

    私が子供の頃あなたを教科書で見て世界の人の多様性を知りました。ご冥福をお祈りいたします。

  62. もりさけてん より:

     黒光りする鉱石を砕くポディマハッタヤさんの白い歯を見せた笑顔がずっと記憶に残っていました。写真で再会できて嬉しく思います。日本の芸能人が亡くなってもさほどショックを感じなかったのに、あのポディマハッタヤさんが新型コロナウィルスで……と知り、朝から涙ぐんでしまいました。

  63. H.Suzuki より:

    I am a Japanese engineer. When I was in elementary school, I read his story and learned how difficult it is to make a pencil.
    His life remains in my heart. And tell his story to my children.

    May he rest in peace.

  64. あーしー より:

    Twitterの記事を拝見しました。
    ポディマハッタヤさんは子供の頃の教科書だけでしたが、何故か覚えてました。
    やはり、私も鉛筆を見ると思い出しました。
    そしてこれからも鉛筆を見るたび貴方を思い出したいと思います。心よりご冥福をお祈りします。

  65. ダンゴムシ より:

    Twitterから来ました。
    どこで見たかは覚えていないけれど、写真のことはよく知っていました。お亡くなりになったと知って、遠い国のことを思います。
    あの写真は、鉛筆がどう作られるか、誰が材料を掘っているかを教えてくれました。
    私は沢山鉛筆を使いました。もしかしたらその中に、ポディマハッタヤさんの掘った黒鉛が使われていたのかもしれません。
    お悔やみを申し上げます。
    ご家族もお体に気をつけてお過ごしください。

  66. qdk より:

    私がポディマハッタヤさんのお名前を聞いても思い出せませんでしたが、教科書の写真を見た瞬間に、黒鉛が柔らかいこと、坑道はとても暑いこと、よくカレーを食べていることと、たくさん思い出しました。ポディマハッタヤさんのお仕事をされている姿は私の記憶に深く刻まれているのです。
    この度の訃報はポディマハッタヤさんの親戚でも、知り合いでもない私にも悲しい知らせとなりました。ご冥福をお祈りするとともに、ご家族に幸運があることをお祈りいたします。

  67. ぬまさく より:

    ポディマハッタヤさん、ご冥福をお祈りします
    お名前を聞いて、何十年も前の記憶がふっと蘇りました
    国語の授業でしたが、世界を学ぶきっかけになった存在です
    興味を持たせてくださりありがとうございました

  68. yoshi より:

    人生で最初に覚えた外国の方です。
    20年以上経った今でもスリランカのボガラ鉱山のポディマハッタヤさんは忘れていません。
    突然の訃報、残念でなりません。
    安らかにお眠りください。

    ご家族様におかれましては末永い健康をお祈りします。

  69. soracoro より:

    ポディマハッタヤさんの訃報をTwitterで知りました。
    とても悲しいです。

    ご冥福をお祈りしております。

  70. ちゃん より:

    正に国語の教科書でポディマハッタヤさんを知った世代の者です。
    未だに私の知っている唯一のスリランカの方でした。
    ご家族の皆様、どうか健康にお気を付けください。
    心よりご冥福をお祈りします。

  71. たかぽい より:

    以前、難波八郎さんが旅の途中でポディマハッタヤさんの所を訪ねたことで久しぶりにお姿を拝見しました。
    小学生の頃、教科書で見たポディマハッタヤさんを思い出して懐かしんでいました。
    新型コロナウイルスが原因でお亡くなりになったのは本当に悲しいです。
    スリランカまでは遠く、インターネットを通じてという形になりますが、お悔やみ申し上げます。

  72. あべれいじ より:

    あなたが載っている教科書を読んで鉛筆一本を作るために働く人々の事を思い、物を大切にするという事を学ぶことができました。
    感謝いたします。
    R.I.P.

  73. 純PON より:

    多分、私の世代の日本人が1番最初に覚えるスリランカ人だと思います。

    こんな形で思い出すのはちょっと残念ですが、ご冥福をお祈りします。

  74. たくや より:

    Twitterで訃報を知りました。
    最近でもまだ「ポディマハッタヤさんを知ってるかどうか」で盛り上がる人物でした。
    教科書に載ってるだけなのに、とても身近に思える人でした。新型コロナでのご逝去とのこと、とても残念です。
    一度もお会いしたことはありませんが、一生忘れません。

  75. sh より:

    小学生のときに「一本の鉛筆の向こうに」を読んで、今目に見える全てのものは、誰かの仕事でできていることを知りました。
    黒鉛を掘るポディマハッタヤさんご自身のことだけではなく、大切なご家族のことや、毎日の食事のことまで書かれていたことで、鉛筆に関わってくれているたくさんの人達のことを、より一層強く感じられました。

    そして大人になって、世界はつながっているということの重大さを強く感じるようになったのは、この新型コロナの流行しはじめた1年半ほど前からでした。その度にポディマハッタヤさんのことを思いました。

    大切なことを教えてくださって本当にありがとうございました。
    ご冥福をお祈りします。

  76. A より:

    ポディマハッタヤという日本ではかなり珍しく、楽しい響きのお名前で、小学校でとても人気でした。
    本読みの時間に、ポディマハッタヤさんが出てくるとみんなニコニコしていました。あの時の平和な時間が、楽しい教室の空気が思い出されてじんわり懐かしい気持ちになりました。
    素敵な気持ちを思い出させてくださり、ありがとうございます。
    また、行ったことのないスリランカについて思いを馳せる良い機会になりました。お会いしたこともないのに、ずっと前からご親戚のような…そんな気がして仕方ないです。

    日本より、ご冥福をお祈りいたします。

  77. sakura より:

    私も小学生の頃、教科書で「一本の鉛筆の向こうに」を学びました。
    子供の頃から鉛筆の匂いが大好きなので、大人になった今でも鉛筆に触れると25年も前に読んでいた教科書のことやポディマハッタヤさんの写真を思い出します。
    ポディマハッタヤさんを見て、物を作ることの大変さや大事にするということを学んだ子供達も多いのではないでしょうか。
    私の中でもスリランカと言えばポディマハッタヤさん!というくらいとても印象的な方です。
    故人のご冥福とご家族のご健康をお祈り申し上げます。

  78. ねぴあ より:

    子供の時日々何気なく使っている鉛筆、その中の黒鉛がどのように作られているかなんて想像がつかなくて教科書でその事が取り上げられた時に、遠い異国の海の向こうのポディマハッタヤさんを初めとする様々な人達の仕事があるからこそ今手元にこの鉛筆がある……と子供ながら驚き物を大切にする大切さを初めに学んだ覚えがあります。

    ご冥福をお祈りします。

  79. bg より:

    教科書で見た写真が何年経っても忘れられません。
    世界の繋がりを教えていただいたお話でした。
    ご冥福をお祈りいたします。

  80. ぎょぎょぎょ より:

    今日も鉛筆にはお世話になりました。
    ご冥福をお祈りします。

  81. bell より:

    So sad to hear that ポディマハッタヤさん passed away due to Covid-19. Now I’m already 30 but still remember we learnt a lot from him. rest in peace.

  82. はづきなぎさ より:

    国語の教科書に載り、ある世代の日本人にはとてつもなく一番有名なスリランカ人であるポディマハッタヤさん。その不思議で愉快な響きの名前は、それを授業で何度も何度も音読した当時の小学生だった私たちの心の記憶に今もなお深く残っています。
    ご冥福をお祈りします。

  83. マルシン より:

    凄く懐かしいです。
    この教材で扱われている鉛筆加工工場が隣町ということもあり、身近なところで世界中とつながっているんだと強く印象に残る教材でした。
    心よりご冥福をお祈りします。

  84. ちゃぽめ。 より:

    ポディマハッタヤさん、とてもよく覚えています。
    同世代の小学生ほとんどが目にしたお名前だと思います。
    当時鉛筆を雑に扱う人が
    「ポディマハッタヤさんに失礼!」
    みたいな事を言われることもありました。
    あくまでからかいのようなものでしたが、その時から確かにみんなポディマハッタヤさんをきっかけに鉛筆を大事にしだしました。印象深い存在です。それこそ、この歳になっても覚えているくらいに。
     
    ご家族の方にお悔やみと、ポディマハッタヤさんのご冥福をお祈りいたします。

  85. くまたん より:

    シンハラ語とタミル語、どちらがいいかわからないけど……
    ポディマハッタヤさんは日本で最も有名なスリランカ人だと思う。日本の小学生はみんな彼を知っている。ご冥福をお祈りします。
    මම හිතන්නේ පොඩිමහත්තයා ජපානයේ සිටින ඉතාමත් ප්‍රසිද්ධ ශ්‍රී ලාංකිකයා ය. සියලුම ජපන් ප්‍රාථමික පාසල් සිසුන් ඔහුව හඳුනති. ඔබේ ආත්මය වෙනුවෙන් මම යාච්ා කරමි.
    போடிமஹட்டயா ஜப்பானில் மிகவும் பிரபலமான இலங்கையர் என்று நான் நினைக்கிறேன். அனைத்து ஜப்பானிய தொடக்கப் பள்ளி மாணவர்களுக்கும் அவரைத் தெரியும். உங்கள் ஆன்மா சாந்தியடைய பிரார்த்திக்கிறேன்.

  86. 当時小学生だった私に国語を楽しむきっかけをくれたのは間違いなくポディマハッタヤさん。あなたです。
    小学生の琴線に触れる様々な外国人の方のお名前
    鉛筆と言う当たり前の物を作る人達の存在
    海外の人がどのような暮らしを送りどのような仕事をしているのか
    国や人種、様々な問題がある中教科書の中で「一つの幸せ」と言う物を見せていただきました。
    大人になってからもポディマハッタヤさんの名前をついぞ忘れることはなく今後もたまに思い出してふふっと一人で笑う時もあるでしょう。

    あなたのお陰で私は本を読む楽しさを覚えました。
    素直に言えば面白い名前と言う理由だけで興味を持ちました。
    あの頃から20年以上経った現在でも一本の鉛筆の向こうにのストーリーを思い出すことができます。

    スリランカの方とお仕事をしており、いつかスリランカに行く機会が訪れると思います。
    その時はポディマハッタヤさんの信仰する宗教を勉強し、祈りを捧げにお伺い致します。

    日本人に文学の楽しさを伝えた偉大な人であります。
    遠方の異国からではありますが、ご冥福をお祈り致します。どうか安らかに。
    そして文学の楽しさを教えて頂きありがとうございました。

  87. S より:

    この「一本の鉛筆の向こうに」をクラスで音読する時間が楽しみでした。
    先生が、身振り手振りで写真の補足説明をしてくれたりするのを見て スリランカの生活を想像してワクワクしたものです。
    物を大事にしようと考えさせられたのも、この物語のお陰です。
    いつか 日本に来てくれたらお会いしたかった一人でした。
    心より ご冥福をお祈り申し上げます。

  88. shibayan より:

    ポディマハッタヤさん、あなたが採った黒鉛の鉛筆は書くこと、計算すること、絵を書くことを教えてくれました。
    そして、あなたの生活を記した物語は、日常製品が、世界の国々の多くの人たちとの関わりで出来てる事を教えてくれました。
    多くのことを学びました。ありがとうございます。

  89. 松本拓也 より:

    僕が小学生の時、2Bの鉛筆を握りながらこの「一本の鉛筆の向こうに」を国語の教科書で習いました。
    偶然流れて来たツイートにポディマハッタヤさんのお名前があり、作品を読みながら今まさにこの手の中にある一本の鉛筆には、沢山の人達と、その人生があるのだと思ったことを思い出しました。

    子供心に”物”の価値観を広げてくれた作品であり、この作品に出会えたことと取材を受けて下さったポディマハッタヤさんに改めて感謝すると共に、ポディマハッタヤさんのご冥福と、ご家族の皆様の健康を遠く離れた異国の地から心より願っております。

  90. ryoma より:

    ポディマハッタヤさんのことはずっと覚えています。
    僕にとってスリランカといえばポディマハッタヤさんです。
    ご冥福をお祈りいたします。

  91. ラズリヤ より:

    Twitterにて訃報を知りました。
    珍しくも小気味いい名前に、学生の頃に友達と談笑し、笑い合う事もありました。
    また、ある程度大人になってからは、頑張る父親の姿として、尊敬の念も抱いておりました。

    ご冥福をお祈りします。

  92. こな より:

    先生が「ポディマハッタヤさん」と音読した瞬間、ノートに落書きをしていた子、眠くてあくびをしていた子、みんなに衝撃が走りました。
    小学4年生の私たちにとって、「ポディマハッタヤさん」という響きはとても不思議な、わくわくする、まるで魔法のような言葉でした。
    そんな伝説のポディマハッタヤさんが製作に関わった(だろう)鉛筆を、今まさに自分の手に持っているという臨場感!いつもの鉛筆が「ポディマハッタヤさんグッズ」と化した瞬間でした。
    あの頃からずいぶん時間が経ちましたが、今でも鉛筆を見るたびポディマハッタヤさんの事を思い出します。
    きっと、これからもずっと。

    いままでありがとうございました。
    どうぞ安らかにお眠りください。

  93. るえ より:

    小学生の頃から大好きでした。同じクラスの皆も大好きだったと思います。
    中学、高校と大きくなって大人になってからもゲームのキャラクターなどに勝手に「ポディマハッタヤさん」という名前をつけて同い年ぐらいの知り合いみんなで笑って楽しんでいました。(ごめんなさい)
    ポディマハッタヤさんに会いに行った方々のブログやSNS記事もどれも楽しくて、とても優しい方だということが伝わってきて大好きでした。

    ポディマハッタヤさんのことはずっと忘れません。
    本当にありがとうございました。

  94. esmo より:

    Twitterで訃報を知りました。

    ご家族の皆さん、この度はお悔やみ申し上げます。

    小学生の頃、国語の教科書に出てきたポディマハッタヤさんの事は未だに覚えています。
    現在、私は教員となり子供たちに教える立場になりました。
    何気ない出来事やエピソードが大人になっても心に残り続けること、それと同時に今の自分の責任の重さを、ポディマハッタヤさんは大人になった私に教えてくれるなんて、、、

    コロナウイルス感染症で亡くなってしまうなんて、本当に悲しいです。

    どうか、安らかに。

  95. ぽん より:

    小学校で鉛筆を初めて握ってから現在に至るまで途切れることなく鉛筆にはお世話になってます。
    国語で学んだ「1本の鉛筆の向こうに」で知った鉛筆の出来上がる工程、そしてキーマンとも言うべきポディマハッタヤさんは、今でも時々幼なじみとの会話にも出てくるくらい懐かしくも記憶に残る人でした。
    久しぶりのお名前拝見がこのような形だとは思いもよりませんでした。
    どうか安らかにお眠り下さい。

  96. Keith より:

    命あるもの終わりはあるとはいえ、突然の訃報に接して非常に悲しいです。

    私は高校で教員をしています。
    「1本の鉛筆の向こうに」は一本の鉛筆から自分の知らない世界につながることが衝撃で、一番覚えている作品の一つです。奇しくも今SDGsでまた、自分たちの日常は他の国の日常とつながているんだということを生徒に教えるときの導入でポディマハッタヤさんをご紹介しています。
    彼の思い出がご家族の中に生き続けるように、彼の素晴らしい仕事は我々の心に、我々の子供世代の心にも生き続けます。
    ありがとうございました。安らかにお休みください。

  97. unochan より:

    I miss him so much. RIP from Japan.

  98. marucha より:

    教科書でポディマハッタヤさんの事を知り、鉛筆を大事にしようと思いました。
    本当にありがとうございました。新型コロナウィルスが無ければと切に思います。
    どうぞ安らかに。宗教感の違いがあれば申し訳ございません。

  99. Ko より:

    hello this is Ko from Japan.
    im really sorry your dad passed away.
    me and besties 30y old now but still remember your dad name and at least we make a conversation for him once in a year.
    definitely he gave a huge impact to japanese people, also, will impacting to japanese kids.
    again, im very sorry for him but hope your family will get back to stable life as soon as possible.

    best regards,

  100. Saiha より:

    Twitterから参りました。ツイートでお名前拝見した時すぐに『あ、小学生の時に国語の教科書で見た話の方だ』と。あの話で普段から当たり前のように使うものにも沢山の方が関わっている、ということを学びました。

    コロナウイルスが本当に憎い。無ければまだお元気でいらっしゃったはず。

    物ができるまでに沢山の人が関わる事、それができて初めて物が成り立つこと教えてくださりありがとうございました

    • jun.s333 より:

      小学生の頃に教科書からポディマハッタヤさんの名前を知りました。鉱山で黒鉛を掘る姿は勇ましく子供ながらに衝撃を受けた記憶があります。ボガラ鉱山や首都であるスリジャヤワルダナプラコッテなど、行ったことがないのに未だに覚えています。
      時々HNをポディマハッタヤにするぐらい尊敬していただけに、今回の件は残念です。
      あちらの世でもカレーがあると良いのですが、今は安らかにお眠り下さい。
      ご冥福をお祈りいたします。

  101. hashisuke より:

    22年前に教科書でポディマハッタヤさんのことを知り、その時に初めてスリランカという国の事も知りました。
    教科書に載っていた黒鉛を砕く姿の写真を、今でも良く覚えています。
    ご冥福をお祈りします。

  102. たつやん より:

    20数年前に小学校の教科書で知り、子供ながらに世界にはすごい仕事をしてる方が居ることを知り遠い国で一生懸命仕事をして下さってる方達のお陰で今この鉛筆を使えてるんだと心打たれました。大人になってからも時々思い出してはポディマハッタヤさんの記事を探してはお元気そうな様子で嬉しく思っていただけに残念でなりません。どうか安らかにお休み下さい。ご冥福をお祈り致します。

  103. 霜月便り より:

    twitterより来ました。
    最初は誰それ?でしたが、ツイート内の
    教科書写真をみて、あの人だと判りびっくり。
    一生懸命働く姿と、豆のカレーの話を
    学んだ当時を思い出しました。
    ご冥福をお祈りします。

  104. ツキヨタケ より:

    ポディマハッタヤさん、25年以上経つ今でもお名前を覚えています。最近も思い出したばかりなので訃報を知って驚いております。
    スリランカのスリジャヤワルダナプラコッテとセットで覚えていました。
    ご冥福をお祈り申し上げます。

  105. いのり より:

    ポディマハッタヤさんのお話は、小学校の教科書の中でもとても印象深く、子を持つ親になった今、子どもの鉛筆を削りながら思い出すこともありました。
    汗で肌が輝く力強い写真のポディマハッタヤさんから、子どもながらに労働の大変さを感じました。
    ポディマハッタヤさん、本当にありがとうございました。
    ご家族の悲しみが少しでも癒されますように。

  106. あの頃は少年だった より:

    物を大切に。当たり前のことを大きく意識するきっかけになったお話で、記憶に強く残っています。その中で1番記憶に残ったポディマハッタヤさんのお仕事ぶりは、私も忘れることはないです。どうか安らかに。

  107. まるくん より:

    突然のご逝去の知らせにただただ驚いています。
    色々コメントしたいけど言葉が浮かびません。御冥福をお祈り申し上げます。

  108. 山田 より:

    子どものころに絵本で拝見した者です。
    ご家族の笑顔とポディマハッタヤさんの力強く立派に働く写真に勇気をもらい、子ども時代を何とか生き延びることが出来ました。

    ポディマハッタヤさん、ご家族の皆さま。本当にありがとうございます。
    故人のご冥福をお祈りするとともに、ご家族の悲しみや心の痛みが少しでも癒されることを切に願っています。

  109. 今では子どもが光村図書で国語を学んでいます より:

    遠い外国で働いてくださる人のおかげで、私たちの手元に鉛筆が届き勉強ができる。
    遠い国の人とも、つながっている。
    ポディマハッタヤさんを通じて、学んだことです。
    さみしい気持ちになります。
    心からお悔やみ申し上げます。

  110. 通りすがり より:

    スリランカ、ボガラ鉱山のフレーズ。
    写真の中のポディマハッタヤさんの横顔。
    今でも鮮明に覚えています。
    一度も赴いたことのない土地と一度も出会ったことのない方なのに、
    在りし日に何度も読んだ教科書を通して、とても身近に感じていました。
    訃報を受け、まるで子供の頃に遊んでくれたおじさんを亡くしたような心持ちです。
    どうぞ安らかに。ご冥福をお祈り申し上げます。
    そして、ありがとう。ポディマハッタヤさん。

  111. rbit より:

    Rest In Peace

  112. 十三花 より:

    ポディマハッタヤさん。名前の響きも3食カレーなところも上半身裸で鉛を削るワイルドな姿も。ずっと忘れずにいます。

    どうか安らかに、天国でもワイルドで居続けてください。

    そして。
    難波さんとポディマハッタヤさんとの交流が無ければポディマハッタヤさんが大好きな私たち日本人は、ご逝去されたことすら知らなかったと思います。
    難波さん、ポディマハッタヤさんを探して会いに行ってくださってありがとうございました。
    何か運命を感じます。

  113. YK より:

    つい最近、ポディマハッタヤさんや他の登場人物の方々の事を思い出し、ブログ記事を拝読させていただいたばかりでした。ご家族に囲まれた幸せそうな様子を知る事ができ、とても嬉しい気持ちでした。
    この物語が、海外とのつながりを意識するきっかけを与えてくれたような気がしています。
    ポディマハッタヤさん、ありがとうございました。
    ご冥福をお祈りいたします。

  114. My Dear Namba….thank you and all others for thinking of my father and my family in during this difficult time .My father may bless you good future.please add his FB for see updates.

    I am wasanth
    second son of Podimahaththaya’s

  115. Wasantha より:

    父を悼んでくださった皆様、ありがとうございました。私の父と私の家族全員があなたに自由で健康な未来を願っています。

  116. カラカリ より:

    黒鉛を掘っていた方、印象に残っています。私が読んだのはハードカバーの「たくさんのふしぎ 傑作選」のほうでしたが、この本を通じて「目の前のものからさまざまな繋がりを連想すること・裏側を考えること」を学びました。どうぞ安らかに。

  117. きよ より:

    一本の鉛筆の向こうに、という表題もいいんですよね。
    さみしい気持ちでいっぱいですが、ポディマハッタヤさん、たくさんの愛情をありがとうございました。
    ご冥福をお祈りします。

  118. べゆ より:

    小学生の時に国語の教科書でポディマハッタヤさんの話を読みました。
    当時の私は毎日、鉛筆で絵を描いていて
    いま使っている鉛筆も、もしかしたらポディマハッタヤさんが作ってくれたのかなと、
    嬉しくなっていました。
    あれから20年経ちましたが、まさかTwitterでポディマハッタヤさんの訃報を知ることになるとは思いませんでした。
    当時の教科書のことが鮮明に蘇り、
    お会いしたこともないのに
    とてもショックです。 ブログを読んで、ポディマハッタヤさんの優しい人柄を知って
    亡くなられてしまわれたことが、とても悲しいです。

  119. より:

    スリランカ、ボガラ高山 ポディマ・ハッタヤさん 
    教科書の、この一連の流れの単語をなんとなく覚えていました。私にとって印象に残りやすい響きだったのかもしれません。数年前に、ふと思い出して検索した所、実際会いに行った方の記事を見つけました。あのポディマ・ハッタヤさんに会いに行った方がいた!!と、とても驚いたと同時に、なんだか嬉しくもありました。記事を拝見し、お元気そうな様子や、言葉が通じないにもかかわらず、笑顔でとても良くしてくださったと言う事が書かれていて、こちらも嬉しくなりました。いつまでもお元気でいてほしいと思いました。…しかし、このような事になってしまい、とてもとても悲しいです。ポディマ・ハッタヤさんは、私達世代のアイドルだと思っています。どうか、ゆっくりとお休みください。今度は、是非日本にも遊びに来てくださいね。