最終日
昨夜自分の部屋に閉じこもってからほとんど眠れなかった。
今までのことを思い出してはその巧妙さ、準備周到さにおぞましさを感じていた。
また、過去の世界一周旅行者のブログには本当に感謝した。あのブログのおかげで詐欺だと確信することができた。
夜中に、詰めれる荷物は既にバックパックに詰めていた。
朝方にパッキングをして起こしてしまえばややこしいことになる。
4時頃。
まずは、ひっそりと自分の寝室のドアを少しだけ開けてリビングを見た。
ラカンがリビングのソファで、顔を埋めるようにしてうつ伏せに寝ていた。
まずい。
20kgの荷物を抱えてラカンのいるリビングを通り越して部屋を出なければならない。
ここは三階、窓から出ることはできない。どうにか荷物だけでも先に窓から出せないかと考えたがそれも難しそうだ。
そんなことを考えているうちに4時半になった。
もう一度、リビングを確認してみた。
ラカンが寝返りをうって仰向けになり運悪く玄関の方に顔を向けて寝ていた。
事態が悪化した。
だが、まだ夜は明けそうにない。
夜が明ける直前に出たいし、ラカンがもう一度寝返りを打つことを期待して、少し様子を見ることにした。
5時を過ぎるまでただ待った。待つ時間は長く感じた。
このままではダメだ。グダグダしていても仕方がない。夜があけて奴らが起きてしまったら計画は失敗だ。
俺は20kgの荷物を抱えてラカンの側を通ってリビングを通り抜けることに決めた。
もはやこの時点で俺はある種、興奮状態にあった。
やってやる。
まずは、荷物を抱えずにリビングに出て玄関ドアを開けることにした。もしかしたら外から鍵がかかっているかもしれないし、ドアがすごい軋むかもしれない。
重い荷物を持ったまま玄関ドアを開けようとするのは、危険だ。
ゆっくりと本当にゆっくりと自分の寝室のドアを開けた。
ギギ、、と音がかすかになる。
この時点でラカンが起きても、「トイレに行く」や「気分が悪いから散歩する」と言い訳ができる。
ラカンはまだ仰向けで寝ている。
幸い、リビングでは大きな扇風機が回っているため足音はそれほど気にならない。身軽な状態でひっそりと玄関ドアに近づく。
ラカンを起こしてはならない。
緊張と興奮が体中に駆け巡っていた。時折、ラカンが寝ているかを確認する。
無事、玄関ドアにたどり着くと内側から2重の鍵がかけられていた。音が鳴らないようにゆっくりと開錠する。
玄関ドアが開いた。
そのまま少しだけ玄関ドアを開けたままにする。
階段の踊り場の灯りが差し込んでくる為、全開にはできない。
幸運にも玄関ドアに軋みはなさそうだ。音もなくスムーズに開閉できた。
抜き足差し足、ベッドルームに戻り重たいカバンを背負いこむ。
ここからが勝負だ。
ここからはもう言い訳できない。
重たい荷物を背負い込み、ゴクリと唾を飲んで部屋を出た。
さっきはラカンのいる方向を確認しながら進んだが、もうラカンの方は一切見なかった。
ただ音を立てないように歩き、音を立てないようにドアを開けて外に出る。
それだけに全神経を尖らせた。
カバンを手で支えながら、ゆっくりと進む。
慎重にドアノブに手をかざし、決して音がならないように力を込めてゆっくりと回す。
バックパックは大きい。
踊り場の灯りの関係でドアを大きく開きたくはないが、あまりに小さい開き具合だとカバンがドアにつっかえる。
必要最小限。
必要最小限にドアを開けた。
決してバックパックがドアにぶつからないように体をすり抜けさせる。
外に出た。
ドアをゆっくりと閉める。
小さくガチャリと音がなった。
出れた。
軟禁からは脱した。
俺はドタバタと音がならない程度に小走りで階段を降りた。
喜ぶの早い。
どうやってこの陸の孤島から出るか。
まだまだ外は暗い。
思ったより夜明けは遅いようだ。
マンションの外に出ると案の定、野良犬と遭遇した。
インドは本当に野良犬やら野良牛がそこら中にいる。
犬は牽制しているわけではなかったがこちらをじっと見ている。
目を合わせるでもなく完全に視界から外すでもなく、視界の片隅に犬を捉えたまま通りすがる。
道路に出た。
何度かトラックが通る。
親指を立ててヒッチハイクをしている例のポーズをとる。
人生で本気でこのポーズを取ることになるとは思わなかった。
本気でヒッチハイクしたい時、人間はとても高々と親指をあげる。
何台か通り過ぎる。
焦って来た。
もし、ラカンかラカッシュのどちらかが目覚めて俺が抜け出たことに気づいたらここまでは探しにくるだろう。
早く車を捕まえないと。
そう思った時に乗用車が止まった。
「どこまで行きたいんだ?」
「マプサのバス停なんだ。行けるか?」
「俺はタクシーだ。500ルピーでどうだ。」
どう見ても乗用車だった。くそインド人どもめ。
「400ルピーにしてくれ。」
400でも超高額だ。しかし、ラカン達に捕まるよりはマシだ。
「OK、乗れよ。」
そうして俺はこのマンションを抜け出すことができた。
今は、別のビーチに移動して波音を聞きながらこのブログを執筆することができている。
もしあのブログや他の詐欺に関する情報を完全に遮断されていたら200万円払っていたかもしれない。
まさか自分がここまでの犯罪の標的になるとは思っていなかったからだ。
こんな組織ぐるみで大勢の人数が関わる詐欺に初めて遭遇した。
人間は怖い。
まだレイビーが教えてくれた言葉が頭に残っている。
「良いか?自分の人生に嘘はつくな。嘘は嘘を生み出す。真実が一番重要だ。」
よく言えたものだ。
この言葉自体に間違いはない。他にも説教たれたことを言っていたがそれは本当に大切なことばかりだった。
大切なことを知っている人だと思ったからこそ、ここまで信用してしまった。
俺が思うにレイビーは嘘をついているという実感を持ってこの話をしていない。
あの夜の話自体は、本当だとレイビーは信じている。実際、本当だ。
レイビーは、その上で俺を騙そうとしている。
レイビーの中で、レイビー自身を騙しているんだろうと俺は思う。
レイビーが、自分自身を偽って平然に生きている怖い生き物だと思った。
今後、この記事が誰かの役に立ってくれれば良いと思う。
この世にうまい話なんてそうそうない。
抜け出したその日の午後、レイビーからメールが入っていた。
その全文がこちら。
Why you run like thief.(どうして泥棒のように逃げたんだい?)
If you want to go you can go at least to say.(もし部屋を出たかったら、言ってくれたらよかったのに。)
Any way. Wish you happy journey.(とにかく君の旅が幸せであることを祈るよ。)
まとめ
今回のことで感じたこの手口の詐欺の特徴を列挙する。
- みんな何かしらの簡単な日本語を知っている。
- 何かあると親族の嫁が日本人だとか、父親が日系の会社で働いているだとか言う。
- とりあえず仲良くなろうとしてくる。ハイタッチやら下ネタやらをよく使う。
- 写真をあまり撮りたがらない。撮らせてくれる奴もいる。
こんな感じだと思う。
このブログを読んだ方に、自分が標的になるかもしれないという意識を持ってもらえれば良いと思う。